Today's Notables 2007年11月

イタリア視察(2)

代表取締役社長 古市 尚


翌日は早朝から目的地であるブラに向かった。ブラはトリノから南方に60kmほど走ったところで、農業や酪農が中心の実に小さい町である。以前はトリノといえばフィアットと言われたほど、フィアットの企業城下町として有名だったが、近年はトリノとかブラというと「スローフード」と言われるようになって来ている。
(左の写真はブラの街並み。)

食に関係のある人以外は「スローフード」と言われてもピンと来ないかもしれないが、「スローフード」とは1980年代半ばにローマの名所スペイン広場にマクドナルドが開店したことをきっかけに、イタリアの食文化がファストフードに侵食されてしまうのではないかと危機感を持った食文化雑誌の編集者だった人が中心となり、美食の会を設立。その会が後に「スローフード協会」へと発展し、その運動が全世界に知られるようになったものである。読んで字の如く、ファスト(速い)に対するスロー(ゆっくり)と言う意味であり、特にチーズ、ワイン、生ハムなど熟成を要する食品の価値であるとか、大量生産、生産効率重視の農業ではなく、手間隙のかかる古き良き生産方法や小規模農家などの良さを見直そうというのが「スローフード」運動である。そんなスローフード協会が主体となってガストロノミー大学という名の食の大学と大学院を設立。今回の視察ではこの学校のカリキュラムや目的などを調査して、アメリカの教育機関と比較することであった。

スローフード協会の事務所。のんびりの象徴「かたつむり」がマーク。

スローフード:酢漬け

スローフード:生ハム


学校があるのはブラの中心街ではなく郊外で、かなり昔は酪農関係の工場だったそうであるが、その後この土地と建物を所有していたピエモンテ州政府がこのガストロノミー大学に寄付をしたそうである。その他、ワイン、コーヒー、パスタ、チーズなどのイタリアを代表する120を超える食品企業がスポンサーとなっている。 この学校の特徴は、入学すると生徒が一つの食品(ワインやチーズなどのスローフード)を題材に選び、その食品を通して、食べ物の歴史、成り立ち、栄養価、ロジスティック、マーケティング、コミュニケーション、マーチャンダイジングなどを学習していくことである。また、それぞれの生産現場に何週間も入り込んで実際の作り方も学習するようである。このガストロノミー大学は視点がより食物に近い川上にあるのに対し、私が卒業したニューヨークの料理大学CIAは人々の口に入る直前に焦点を当てた川下の部分である。CIAも同じように食について学ぶのだが、食材そのものではなく、食材をどの様に加工すれば美味しく供することができるかや、ホスピタリティービジネスの一環として食がどの様にあるべきかなどを学術的裏づけを基に教えている。


ガストロノミー大学のメインエントランス。

敷地内にホテル、レストラン、ワインバンク、大学の4施設がある。


国内ではこのところ、内容物の虚偽表示や賞味期限の不当表示などが度々取り沙汰されているが、私はこのような現象も日本の食に対する教育体制の整備が遅れていることに起因していると考えている。調理師学校は何十年もあまり変わらないカリキュラムの中で旧態依然としている。学生不足に対して卒業をやさしくすることが生き残りと勘違いする学校も多く、教師陣は現状の食産業を研究することも怠っている。 食の世界でもロジスティック、マーチャンダイジング、マーケティング、マネジメントの実態が日々変化しているのにそれらを学術的裏づけを基に教えてくれるところがないのが実態である。学校を作る場合はどこに視点を置くかで随分と内容が違ってくるが、今回の視察で改めて考えさせられたのは食の範囲の広さである。日本の食産業をとっても、内食と呼ばれるスーパーなど食品店での売上、それに最近はかなりの伸びを示している惣菜やテイクアウトを中心とした中食市場、また外食産業の売上などすべてを加えると80兆円という膨大な市場となる。それぞれに専門的な知識や技術があるので、日本もそろそろ徒弟制の「見て覚えろ、盗んで覚えろ」ではなくて、しっかりと学術的に体系化したカリキュラムの中で学べる学校を作るべきである。大阪に日本初の「食の大学院」設立に多少でも力になれればと思っている。

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